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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)1195号 判決 1963年10月26日

原告 荻村清治

被告 国

訴訟代理人 河津圭一 外一名

主文

被告は原告に対し金七三、二八四円六八銭及びこれに対する昭和三二年九月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分しその二を原告、その余を被告の各負担とする。

事実

第一、求める裁判

(原告)

1  被告は原告に対し金三六四、六一六円及び内金三五七、二〇〇円に対する昭和三二年九月九日から、残金七、四一六円に対する昭和三三年三月六日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

(被告)

請求棄却

第二、主張

(原告)

一、主位的請求原因

(一) 原告は昭和三二年七月一日東京地方裁判所から訴外田中喜兵衛所有の左記各物件(本件土地と呼ぶ)について同訴外人に対する金三五七、二〇〇円の貸金債権を保全するため同庁同年(ヨ)第三六六一号の仮差押命令を得、これについて同月三日東京法務局板橋出張所に登記の嘱託がなされた。

(イ) 東京都板橋区板橋町四丁目六番の一一

一、宅地 五八坪四合八勺

(ロ) 同所同番の二一

一、宅地 二二二坪

(二) 右被保全債権は原告から田中喜兵衛に対する東京地方裁判所昭和三二年(ワ)第五、一九四号貸金請求事件につき言渡された原告勝訴の判決が昭和三二年一一月一八日の経過と共に確定したことにより確定債権となつた。

(三) しかるに前述(一)の仮差押の登記の嘱託を受けた前同出張所登記官吏は誤つて本件(イ)の土地については処分禁止の仮処分の登記をし、同(ロ)の土地については何等の登記もしなかつた。

(四) ところが原告が前述(二)の勝訴判決を得る前に本件(イ)の土地は昭和三二年八月九日訴外大野ときへ所有権移転登記が、同(ロ)の土地は昭和三二年七月二九日訴外国際商事株式会社からの申立による強制競売開始決定の登記(元利損害金債権のうち元本額は金四七四、七〇〇円)がなされた後同年八月二七日訴外菅井丑之助のため左記債権を担保する抵当権設定登記及び代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記がなされた。

債権者 菅井丑之助

債務者 田中喜兵衛

元本 金五〇〇、〇〇〇円

弁済期 昭和三二年九月三〇日

利息 年一割八分

(五)(1)  そのため原告は金三五七、二〇〇円の債権について確定判決を得これを執行しようとしたにもかかわらず債務者田中喜兵衛が他に積極的資産を有していなかつたため、その満足を受けることができなかつたが、もし嘱託にかかる仮差押の登記がなされていたならば本件土地によつて右債権を補つて余りがあつた筈である。

(2)  原告は前述の貸金請求訴訟事件、仮差押命令申請及び同登記の嘱託等の手続で左記のような費用を要したが、これについても満足を得もしくは取立てることができなかつたがもし仮差押登記がなされていたならば本件土地によつてこれらを償うことができた筈である。

(イ)、金五、一六〇円 前述(二)の貸金請求訴訟事件の確定費用額

(ロ)、金二〇〇円 前述の仮差押命令申請費用一〇〇円及び確定判決に対する執行文附与申請費用一〇〇円

(ハ)、金二七〇円 仮差押命令送達料金一九〇円、不送達還付料金三五円、登記嘱託完了報告送達料金四五円の合計額

(ニ)、金一、七八六円 登録税額((1) の確定債権元本額を課税価格として算出納付した)

(六) よつて原告は被告の登記官吏が仮差押登記を怠つた結果(1) (2) 右の金員の合計額である金三六四、六一六円を回収することができなくなつたものであるから右同額及び内金三五七、二〇〇円については前述(二)の貸金請求の訴状送達の翌日である昭和三二年九月九日から、残金七、四一六円については本件訴状送達の翌日である昭和三三年三月六日から各完済まで年五分の割合による民法所定の遅延損害金の各支払を求める。

二、第二次的主張

仮に右の損害額の主張が認められないとしても、原告が本件土地を強制競売に付そうとした昭和三二年一一月二〇日当時において、田中喜兵衛の有していた債務は後記のとおりで、原告の本訴請求債権を合算すると合計金一、四五一、六八一円となるが、他方本件(ロ)土地は前述の国際商事株式会社申立の強制競売手続の際に最低競売価格金八五四、〇〇〇円と鑑定されているからこれと同一単価として同(イ)土地をも評価するとその価格は金二二四、九六〇円となるから、本件土地の合計価格から後記(ロ)(ハ)の優先債権を控除した残額を残債権者間で分配すると原告は少くも金二九二、九五六円の配当を受け得た筈である。

(1,066,595円×364,616/1,339,316 = 292,956円)

(イ)、金四七四、七〇〇円 債権者国際商事株式会社

(ロ)、金一二、二八〇円 〃 板橋税務署

(ハ)、金一〇〇、〇八五円 〃 板橋税務事務所

(ニ)、金五〇〇、〇〇〇円 〃 菅井丑之助

三、予備的請求原因

仮に右の損害が認められないとしても原告は本件仮差押が水泡に帰したことを知つたため精神的にも肉体的にも著しい苦痛を蒙り血圧が昂進し昭和三二年九月二五日から同年一二月二九日まで及び昭和三三年一二月一六日から昭和三四年一月三一日まで訴外昭和医科大学病院第一内科に入院加療を余儀なくし現在も引続き自宅療養中であるが、被告の登記官吏の不法行為によつて原告が受けた右のような精神的苦痛を慰藉するには少くとも金三〇一、三九八円を要する。

よつて原告は予備的な損害賠償請求として右(一)の原因に基く損害賠償及び請求の趣旨記載の金額に満つるまで右(二)の原因に基く慰藉料の各支払を求める。

四、抗弁の認否その他

1 抗弁(一)の(2) の債務中(イ)ないし(ニ)は認めるが(一)のその余の主張は争う。

仮に被告主張のような事実が肯定されるとしても、田中喜兵衛は本件(ロ)土地を昭和三三年五月一〇日九筆に分筆し売却し、同(イ)の土地も前述のとおり大野ときに売却し各売却代金をもつて公租公課及び原告の債権を除く全債権者に全額の弁済をなしたものであるから、もし原告の仮差押登記があれば斯る売却を行うためにも先ず債権全額の弁済を受けたであろうことは明らかであり、そうすれば被告の登記官吏の過失によつて原告はその債権全額に相当する損害を蒙つたものというべく、被告の抗弁(一)は理由がない。

2 抗弁(二)のうち原告が配当要求をしなかつたことは認めるがその余は争う。

(被告)

一、主位的請求原因の認否

1(一) の事実は認める。

2(二) の事実は不知。

3(三) の事実は認める。

4(四) の事実は認める。

5(五)の(1) の事実のうち、仮差押の登記がなされていたならば原告主張の各債権の満足を得ることができた旨の主張は争う。田中喜兵衛に支払能力がない旨の主張は否認する。すなわち同訴外人は息子と二人で計器の部品工場を経営し少くとも一ケ月平均四万円の収入を得ており、毎月その債務を返済しているから原告に対する債務についても返済する能力と誠意を有しているものとみられる。(2) の費用は不知。仮に(2) 主張の出費があつたとしても登記官吏の過失行為との間に因果関係がある損害ではない。

6(六)の損害額は争う。

二、二次的主張及び予備的請求原因の認否

1 第二次的主張事実のうち(イ)ないし(ニ)の債権の存在したこと及び本件(ロ)土地の第一回最低競売価格が原告主張のとおりであることは認めるが、後記抗弁のとおり田中喜兵衛の債務はその他にも存在したし、本件土地を第一回最低競売価格によつて評価するのは相当でない。

2 予備的請求原因のうち原告が健康を害したとの点は不知、本件仮差押登記の欠如とその主張する病気との間の因果関係は否認する。

たとえ原告が登記官吏の過失によつて債権の取立に支障を受けたとしても純経済的損失のほかに特に賠償を要する精神的苦痛があつたとは考えられない。

三、抗弁

(一)、仮に原告にその主張のような原因から損害が生じたとしてもその損害額は金一九、九九六円とみるのが妥当である。すなわち

(1)  本件(ロ)土地は原告主張の競売手続(第三回最低競売価格)において金六九一、八〇〇円との評価がなされているから(イ)土地もこれと等しい価値を有するものとすればその価格は金一八二、二三六円である。(以上合計金八七四、〇三六円)

(2)  ところが債務者田中喜兵衛には次のとおり合計金一三、七一八、二二一円の債務があつた。

(イ) 金四七四、七〇〇円   債権者国際商事株式会社

(ロ) 金一二、二八〇円    〃 板橋税務署

(ハ) 金一〇〇、〇八五円   〃 板橋税務事務所

(ニ) 金五〇〇、〇〇〇円   〃 菅井丑之助

(ホ) 金二一、九四一円    〃 国際商事株式会社

(ヘ) 金二、三四八、三〇〇円 〃 伴武男

(ト) 金六〇五、七二五円   〃 日の出信用組合

(チ) 金六、七九七、九九〇円 〃 別紙債権者目録<省略>の二六名

(リ) 金二、五〇〇、〇〇〇円 〃 大野とき及び田中喜代七

右合計金一三、三六一、〇二一円

(3)  したがつて原告の本件土地仮差押が有効な登記を経由したとしても、優先弁済を受け得るわけではなく先ず(1) の本件土地の価格から優先債権である(ロ)、(ハ)を控除した残額七六一、六七一円が配当せらるべき金額となるが、これをその余の債権者間で平等に配当するとすれば残債権額は右(イ)及び(ニ)ないし(リ)と原告の本件確定債権三五七、二〇〇円であるから原告の予想配当額は金一九、九九六円程度である。

(761,671円×357,200/12,605,856 = 19,996円)

(二)、仮に右の主張が認められず本件仮差押登記があれば原告はその債権の満足を得られたとしても、右(2) に挙げた者のうち(ロ)、(ハ)、(ヘ)、(ト)等は国際商事株式会社の申立にかかる強制競売手続に配当要求を申立ているのにくらべ、原告は本件仮差押登記がなされていないのを知りながら配当要求を申立ず自己の債権の実現を図る機会を逸したものであるから原告が本件債権の満足を得ることができなかつたことは本件損害額の算定について斟酌すべき原告の過失である。

第三、証拠関係<省略>

理由

(主位的請求原因のうち(一)ないし(四)の事実)

(一)及び(三)、(四)の事実は当事者間に争いがなく、(二)の事実は成立に争いない甲第三号証、第四号証の一、二によつて明らかであり反証はない。

(原告の債権額)

原告は訴外田中喜兵衛に対し主位的請求原因(五)の(1) 及び(2) の各債権を有していたと主張するのでこれについて検討する。

(一)  先ず原告が右(1) にいう確定債権金三五七、二〇〇円を有していたことは前示(一)、(四)の事実から明らかなところであり、右(2) の(イ)の確定した訴訟費用金五、一六〇円については成立に争いない甲第六号証によりこれを認めることができ、また同(ロ)の各申請費用合計金二〇〇円を要したことは当裁判所の職務上顕著な事実である。また右(2) の(ハ)の各送達料のうち仮差押命令(正本)送達料金九五円、及び不送達還付料金三五円はその不送達の原因を詳にする証拠がないから、債務者の負担すべき費用(民事訴訟法第七四八条、第五五四条)となるかどうか明らかでないので原告の主張は容認できないがこれを除くその余の送達料合計金一四〇円については当裁判所に職務上顕著な事実である。また右(2) の(ニ)の登録税額が一、七八六円であることは、被保全債権額の一、〇〇〇分の五とする旨の登録税法の規定に照らし明らかなところである。而して、右(1) の確定債権は勿論、右に認定した(2) の各費用(ただし(ハ)の容認しなかつた金一三〇円を除く)はいずれも訴訟費用もしくは仮差押の費用として別件被告であり債務者である田中喜兵衛が負担すべきものであることは明らかであり、さすれば(2) の合計額は金七、二八六円の限度で認むべきものとなる。

(二)  そうすると原告はその確定債権三五七、二〇〇円及び右に認定した合計金七、二八六円の訴訟費用及び仮差押費用はもし本件土地について有効な仮差押登記がなされていたならば本執行に移ることによつてこれを取り立て得る機会を有していたものと認めるのが相当である。けだし確定債権は本件仮差押の被保全債権であり、訴訟費用は同債権の確定に附随して生じた債務名義を有する債権であるし、登録税も含めて仮差押の費用は民事訴訟法第七四八条第五五四条によつて強制執行の際に債務者から取り立てることができる筋合のものであるからである。それゆえ、右(2) の各費用が取り立てられなかつたことと被告の登記官吏の過怠との間には因果関係がないとの被告の主張は採用できない。

(登記官吏の過怠と原告の執行不能)

一、証人大野とき、同田中喜代七、同田中喜兵衛(第一、二回)、同大里一郎の各証言を総合すると田中喜兵衛は実質的には個人企業に等しい訴外有限会社田中精器製作所を経営していたが昭和三二年五月頃右訴外会社は倒産するに至り、当時の見通では会社債務が約一、〇〇〇万円、個人債務が約二五〇万円程度あると考えられていたので、右会社の資産のほか田中喜兵衛の所有する本件土地等約三四〇坪の土地(個人財産)をもつてしても完済できないことは明らかであつたので訴外市中勝三が債務整理に尽力し、本件(ロ)土地及び会社の建物機械等を処分して債務の一部を弁済し、一部債権者からは残債務の免除を受ける等して一応の整理はつけたけれども、現在なお三〇〇万円程の債務が残つていることが認定でき、これに反する証拠はない。

そうすると田中喜兵衛は原告の本訴請求債権を満足させるに足るだけの格別の資産を有しないものと認めるのが相当であり、たとえ被告が主張するように現在一ケ月金四万円程度の収入を得ているとしても、証人田中喜兵衛(第一回)の証言によれば右は機械の貸与を受け下請加工をなすことによる工賃収入であり、そのうちから毎月八、〇〇〇円程度は債権者から取り立てられていることが認められるから、月収といつても確定的なものではなく好不況に左右される不安定な要素を残しており、これから生活費等を控除すれば同訴外人に原告に対する債務を弁済するだけの格別の資産があるとは未だ考えられないから、この事実も前示の結論を左右するものではない。

二、したがつて原告が本訴で主張する各債権は現在のところ債務者である右訴外人の資産によつて満足を受ける余地はないものと認めるのが相当であり、他にこれを左右するに足る証拠はない。而してもし仮に本件仮差押登記がなされていれば競売手続が進行したと否とにかかわらず相当額(数額については次に判断する)の弁済を受け得たであろうことは疑いがないから、被告の登記官吏の過怠と原告が本訴主張の各債権(前示の不送達還付料を除く)の弁済を受け得なかつたこととの間には相当因果関係があるものというべきである。

(損害の算定)

一(一)、原告は主位的請求において田中喜兵衛に対する債権全額に相当する損害を蒙つたと主張するけれども主位的請求原因の(三)及び予備的請求原因の(一)で同訴外人の債権者は原告以外にも少くとも四名(債権額合計一、〇八七、〇六五円)があること(第二次的主張の(イ)ないし(ニ)及び抗弁(一)の認否参照)本件(ロ)土地は債権者の一人の国際商事株式会社の申立で強制競売手続が進行中であつたことを自認している。

(二)、しかも田中の債権者には原告の自認する右四名のほかにも左記各債権者があり、いずれも債務名義に基いて前示強制競売手続中に配当要求(もしくは強制競売)を申立てていたことが成立に争いない乙第二ないし四号証によつて認められこれに反する証拠はない。

金二一、九四一円    債権者 国際商事株式会社

金二、三四八、三〇〇円 〃   伴武男

金六〇五、七二五円   〃   日の出信用組合

(三)、そうすると仮に原告が本件土地について有効な仮差押をなし本執行に移つたとしても少くも右(一)、(二)の各債権者が配当要求を申立てたであろうことは容易に推測できるから、本件土地の価格が債権全額を満足するに足りないときは所定の方法で配当せざるを得ないものであるところ、本件土地の価格は原告の主張する第一回最低競売価格によつても金一、〇七八、九六〇円と鑑定されており、(この点は被告も認める)他に当時の価格で右評価額を越えるものであつたことを立証する的確な資料はないから、原告の主張によつても全債権者を満足するに足りないものであつたことは明らかである。

(四)、原告は、原告を除くその余の債権者等は田中が本件(ロ)土地を任意に売却して得た代金で債権全額の弁済を受けることができたから右評価額の如何にかかわらず原告の仮差押が有効であつたならばその債権全額の弁済を受け得たであろうと主張するけれども、そのような事実を認めるに足る証拠はなく、かえつて証人田中喜代七、同田中喜兵衛(第一、二回)、同菅井丑之助、同大里一郎の各証言を綜合すれば、訴外有限会社田中精器製作所の資産及び田中喜兵衛個人の財産(本件土地等)をもつてしても両者の債務を完済するに足りないので債権者と種々折衝した結果、本件土地その他の資産を処分し個別に債権額の何割かを弁済したけれども、全額を完済することはできなかつたこと、(弁済の割合も必ずしも一率ではなかつたものと推認される)とくに菅井丑之助の場合は債権額の約半分の弁済を受けその余は放棄したことがそれぞれ認められこれに反する証拠はないから、原告の右主張は採用できない。

(五)、右に判断したとおりであるから仮差押登記の欠缺によつて債権額全部に相当する損害を蒙つたとする主位的請求原因は容認できない。

二、右に説示したように本件原告の損害を算定するにあたつては原告以外の債権者の債権額をも斟酌すべきところ、被告は前示(一)、(二)のほかにも抗弁(一)の(2) の(チ)及び(リ)の各債権が存在していたと主張するけれども、既に認定したとおり訴外有限会社田中精器製作所の債務が約一、〇〇〇万円ありこのほかに田中喜兵衛の個人的債務が約二五〇万円ないし三〇〇万円程度あつたわけであるから、右訴外会社の倒産によつて開かれた債権者の集りにおいてたとえ(チ)のような債権の届出があつたとしてもそれが直ちに田中喜兵衛個人の債務とは認め難いものであるところ、右(チ)の各債権が田中個人の債務であることもしくは本件土地を債務の引当となしうる特別な事情があることについては何等の主張立証もないから被告の(チ)の債権の主張は採用できない。なお証人田中喜兵衛の第一、二回尋問によれば同訴外人は債務者でありながら債権債務関係の詳細は知らないことが窺われる。)また(リ)の債権は証人大野ときの証言によれば同人は債務者の親戚にあたるので他の一般債権者と同列で配当要求をすることを差し控えていることが認められ、証人田中喜代七の証言によれば同人も債務者の兄であることが認められるから右証人大野ときの証言に照らし前同様親戚であるため他の債権者に遠慮し配当要求をしなかつたものと推認されるのでこれらについてはいずれも配当要求を申立る意思がなかつたものとして本件損害額の算定にあたつて斟酌すべき債権の中に含めないのが相当である。

三、したがつて抗弁一の債権のうち本件損害の算定にあたつては(イ)ないし(ト)の各債権(合計金四、〇六三、〇三一円、そのうち(イ)及び(ホ)の国際商事株式会社は強制競売申立債権者、(ロ)、(ハ)は租税債権、(ニ)は抵当権附債権者その余はいずれも配当要求申立債権者)となる。

そこで本件土地の評価方法について考えるに、被告は国際商事株式会社の強制競売申立において第一、二回の競売期日には競落人がなく、第三回の最低競売価格として抗弁一の(1) のように評価されたのであるから本件土地の価格はこれによるべきであると主張するけれども証人田中喜代七の証言によれば本件(ロ)土地は借地人に対し坪当り約三、五〇〇円で任意売却され、その代金をもつて債務の一部の弁済に充てていることが認められ他にこれを左右するに足る証拠はないから、本件(イ)の土地の価格もこれと等しいものとして推算すると、右両土地の価格の合計は金九八〇、〇〇〇円程度となる。(本件(イ)土地は証人大野ときの証言によればこれより遥に高価であるもののようであるが同証言によつて直ちにその正当な取引価格を認定することはできないし、他にこれを明にする証拠はない。)

右推算の基礎となつた本件(ロ)土地の単価は実際の正確な取引価格ではないけれども大体において誤りない数字であること及び前示大野ときの本件(イ)土地の価格に関する証言並びに一般に借地権のある土地の最低競売価格は通常の取引価格よりも低く決められていることは公知のことがらであることを考慮すれば、本件土地は当時の価格にして少くとも金九八〇、〇〇〇円を下らないものと認めるのが相当である。(原告の主張するように第一回最低競売価格により本件土地の取引価格を算定する方法も一理あるが、本件損害の算定にあたつては原告が有効な仮差押登記を経由していた場合に受けたであろう利益をもつて損害と解するのが相当であるから、仮差押から本執行に移つた場合と現実には本件土地が任意売却されその代金が弁済に充てられたことの二面から推究して損害を算定すべきものであり、そうとすれば他に格別の証拠もない以上前者の面においては結局競落の可能性がより大きいと認められる第三回最低競売価格をもつて損害額算定の資料とするのが妥当である。)

四、右に判断したところに基いて原告が受くべかりし配当額を算定するに、本件土地の価格九八〇、〇〇〇円から原告の債権(金三六四、四八六円)に優先することについて争いのない抗弁(一)の(2) の(ロ)、(ハ)の債権を控除した残額八六七、六三五円を残債権者(抗弁一(2) の(イ)及び(ニ)ないし(ト)と右原告)の間で平等に分配するものとすれば原告に配当せらるべき金額は金七三、二八四円六八銭であることは計算上明らかである。(867,635円×364,486/4,315,236 ≒ 73,284円68銭)すでに採否を明にしたもののほか他に右の結論を左右するに足る証拠はない。

五、原告は右に認定したとおり本件仮差押登記がなされていたならば少くとも金七三、二八四円六八銭の弁済を受け得たものと認められるがそれ以上幾何の弁済を受けることができたかは、その全立証及び本件のその他の証拠によつても明にすることはできない。(既に認定したとおり菅井丑之助は実存債権額のほぼ二分の一の弁済を受けているけれどもこれのみによつて直ちに原告も同様の割合で弁済を受けたであろうことを推認するには足りず、他に債権者に対する一部弁済の内容がどのようなものであつたかを詳にする証拠がないから、この点に関する立証が十分でないことの不利益は原告において甘受しなければならない。)

(過失相殺の採否)

被告は抗弁(二)のとおり原告が本件仮差押登記の欠缺を知つた時に配当要求等の意思表示をしなかつたこと(この事実は争いがない)を指摘し本件損害額を決定する際の資料とすべきことを主張するけれども、原告が仮差押登記の欠缺を知つた時には本件(イ)土地はすでに大野ときに所有権移転登記がなされた後であり、僅に(ロ)土地のみが配当要求の対象となる財産であつたこと、被告の登記官吏の過怠による原告の損害は立証の関係上前示の限度でしか容認できないけれども既に触れたように菅井丑之助の例をみれば、おそらくは右認定の範囲以上に弁済を受け得たことも充分に考えられるところであり、(特に本件(イ)土地も債務者の一般財産として保全されている筈であつたことを考慮すれば斯く解する余地は充分ある)他面厳正確実なるべき登記官吏の職責からみて、本件のような過怠は重大な過失というべきであるから、これらの点を合わせ考えればたとえ(ロ)土地を目的とした配当要求をしなかつた結果若干の弁済にあずかる機会を失つたことに原告の過失が認められるとしても本件においてはこれを損害額の決定につき斟酌しないことがかえつて衡平の精神にそう所以であると解せられるので、被告の過失相殺の主張は採用しない。

(慰藉料請求の判断)

原告は予備的に慰藉料を請求しているけれども原告本人尋問の結果その他原告の全立証及びその余の本件各証拠によつてもすでに認容した原告の得べかりし経済的利益の喪失のほか特に本件登記官吏の過怠によつて被告に損害賠償の責任を負わしむべき精神的苦痛があつたとは認められないから、予備的請求は失当である。

(遅延損害金)

右のとおり原告の本訴請求は金七三、二八四円六八銭の損害を主張する限度で理由があるところ、これに対する遅延損害金を主位的請求原因(六)のとおり請求するのでこの点について考えるに、本件のような不作為(登記官吏が登記の嘱託を受理しながら求められた登記をしないこと)による不法行為はその作為義務を生じた時(登記の嘱託を受理した時)に直ちに成立するものではなく、第三者のため嘱託に係る登記に優先する内容の登記がなされ懈怠を是正する余地がなくなつた時換言すれば損害の原因たる事実の発生が確定的になつた時に不法行為が成立するものと解するのが相当である。けだし登記の嘱託を受けてから通常これを登記簿に記入するに要する時間が経過した時は登記官吏に懈怠があつたものというべきであるかのようにも考えられるが第三者のため登記がなされない間は特段の事情がない限り格別の損害を生じるものとは解せられないからである。

それゆえ本件(イ)土地については大野ときのため所有権移転登記がなされた昭和三二年八月九日、同(ロ)土地については国際商事株式会社の申立による強制競売開始決定の登記がなされた同年八月二七日をもつてそれぞれ不法行為が成立したものと解するのが相当である。(後者にあつては、それまでに仮差押登記がなされれば競売手続が進行しても原告は民事訴訟法第六九七条、第六三〇条によつて配当もしくは供託を受け得た筈であるから仮差押登記を懈怠したことによる不法行為の成立をこの時点に求めるのが妥当である。)

そうすると右いずれの場合をとつてみても原告が本訴で主張する昭和三二年九月九日から完済まで年五分の割合による民法所定の遅延損害金請求は理由があることになる。

(結論)

以上のとおりであるから原告の本訴請求は金七三、二八四円六八銭及びこれに対する昭和三二年九月九日から完済まで年五分の割合による金員の支払を求める限度で認容し、その余は失当であるから棄却することとし、仮執行宣言はその必要が認め難いのでこれを附さず訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 滝田薫 山本和敏)

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